プロジェクトストーリーを知る

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02「Anode Pride」を持って
“通信を守り抜く”
<能登半島地震>災害対応

Another Pride

プロジェクト概要

2024年1月1日、石川県能登半島 珠洲市を震源とする震度7の地震が発生しました。広い地域で停電が起こり、NTTの通信ビルも60棟を超えるビルで電力会社からの給電が途絶えました。
このような状況の中、通信ビルへいち早くバックアップ用電源設備からの給電を行うため、直ちに災害対策本部を設置し、監視オペレーションセンタと連携しながら情報を集約。津波への警戒と夜間であることを考慮し、現地活動は北陸エリアの社員の安否と活動可能かどうかの確認を行った後、津波警報が解除となった翌日から本格的に開始しました。
「通信を守る」ことはNTTアノードエナジーが担う重要なミッションのひとつです。石川県の社員だけでなく全国から381名の支援者と19台の移動電源車が集結し、通信を途絶えさせないための復旧活動を約2ヶ月間にわたり継続しました。

西野 正樹

西日本事業本部 北陸支店
エンジニアリングサービス部
七尾担当

西野 正樹

明城 貴之

西日本事業本部 福井支店
エンジニアリングサービス
担当

明城 貴之

山元 啓輔

西日本事業本部
エンジニアリングサービス部
大阪サービス部門 NTT担当

山元 啓輔

中村 俊太

西日本事業本部 北陸支店
エンジニアリングサービス部
電力サービス担当

中村 俊太

現場で求められるのは
柔軟な対応力と、
自ら工夫して
解決するチカラ

現場で求められるのは柔軟な対応力と、自ら工夫して解決するチカラ

復旧活動の初動は、まず蓄電池が枯渇し通信が途絶えてしまった通信ビルの救済に動きました。具体的には移動電源車による駆け付けや非常用発電機を動かすための燃料や潤滑油の補充・交換です。
能登半島地震は約2ヶ月半に渡る長期停電が大きな特徴で、また地震の影響で奥能登地域を中心に土砂災害、火災、液状化現象、家屋の倒壊、交通網の寸断が発生しました。特に交通網への被害が大きく災害復旧の障害となりました。
このような状況の中、現地で活動したメンバーは何を思い、どう行動したのか。
それぞれの言葉で語ってもらいました。

明城:
私は現地の設備復旧を担当しましたが、一番苦労したのは道路状況が悪くて、移動に時間がかかってしまうことです。各地で渋滞が発生しており、渋滞を避けようとして脇道に入ると道路のひび割れや段差がひどく、迂回を繰り返したり交通規制で目的地とは別の方向へ誘導されたりしましたね。活動期間中に大雪に見舞われることもありました。
西野:
私は北陸支店の統制拠点で現地に向かうメンバーのサポート対応にあたりました。やはり震災の影響で道路状況が悪く、車両が故障してしまうことも何度かありました。普段は通らない道を案内するのはとても不安でしたし、また、発災から数日で通行可能道路も変わりました。
現地から「他に道はないのか」と聞かれるケースも多く、その対策として、現地までの地図を作成する際に地図サービスを用いた二次元コードを作成しました。現地に向かう社員に行き先のビルの二次元コードを渡し、その二次元コードを読み込むと通行可能なルートが表示されスムーズに案内できる仕組みです。
全国から支援に来てくれた社員の中には、雪道運転が心配だという方もいましたが、結果的に事故もなく安全運行で活動できて本当によかったです。
明城:
その時々の状況に合わせ柔軟に対応することは、とても大事ですよね。目的のビルへ入る道に軽自動車が放置されていたことから移動電源車が入れず、NTTドコモから小型の移動電源車を借りて対応したケースもありました。その際は接続コネクターの形状が合わないため、通常とは異なる方法でケーブルを接続し無事給電させることができました。災害時は現地での現物合わせとならざるを得ず、まさに現場での経験に基づく判断、「現場力」が試される状況でした。

町の人からの
「声」で、
通信を守り抜く
大切さを知る

町の人からの「声」で、通信を守り抜く大切さを知る

能登半島にいくつも点在する通信ビル。中でも輪島ビルは復旧活動の重要拠点として活用が必要なビルで、発災後は非常用発電機によって給電が保たれていました。この非常用発電機は、北陸支店の普段のメンテナンスが行き届いていたこともあり、発災当日から故障もなく健全に運転を続け、現地はもちろん遠隔監視によって運転状況を日々確認していました。
ところが、1週間もの連続運転となり、エンジンの冷却水の温度が上昇したため対策に乗り出しました。本来は連続運転に備え冷却水槽に水を取り込むのですが、断水のためそれができません。
そこでNTTファシリティーズの建築工事チームと検討し、臨時冷却システムを構築しました。それは高温となった冷却水を屋外のホースと水槽に移して冷却してまた戻すというもの。電気が復旧するまでの約1ヶ月をこのシステムで乗り切りました。この輪島ビルの復旧にあたったメンバーは、次のように当時を振り返ります。

山元:
私は輪島ビルの支援活動を行いました。復旧チームは定期的に入れ替わっていきますが、ある程度決まった作業工程については、マニュアル化して引継ぎがしやすいようにしました。次のチームでも不測の事態が発生することを考えて、そこに集中できるように工夫しました。
また、現場ではコミュニケーションをとることが何より大切です。ある日、日没近くになって別の電源車を運行していたチームが輪島ビルに到着した時に、私たちのチームに対して「すぐに金沢に戻るように指示が出ている」と聞きました。しかし、日没であること、雪が降り出していること、疲労が蓄積されていることもあり、今から帰るのは危険と判断し、統制チームに対しては「このまま輪島ビルで待機したい」と作業変更をお願いしました。そこの意思疎通については平時の立場を超えて、安全について何でも言い合えるコミュニケーションがとれることが大切だと思いました。
コミュニケーションという点では苦労はしましたが、NTTドコモの社員が「町の人から輪島は携帯電話がつながる!という声が届いている」と教えてもらいました。その時はまだ災害対応中でしたが、この仕事をしていてよかった、通信がつながるのは大切だと実感できましたね。

仲間を信頼し
ともに支え合うことで
ライフラインを
守り抜く

能登半島の北に位置する舳倉島。ここは津波の被害で港が使えず全島避難となり、島の発電所も停止された状況でした。しかし、ここにある無線中継所には気象庁の回線が収容されており、奥能登地方の緊急地震速報をつなぐ回線も含まれています。余震などの次の災害に対して、奥能登地方の住民の命に関わる情報を途絶えさせるわけにはいきません。
そこで、舳倉島の気象庁回線の復旧に乗り出すことに。大きな発電機や燃料が船では運べないため、ヘリコプターに積める軽量の発電システムを持ち込み、現地で構築する必要がありました。こうした様々な困難を乗り越え、通信設備に電源を供給し、気象庁の回線を無事復旧させることができたのです。渡航したメンバーの一人は、住民たちからの感謝の思いを強く感じた場面があったと語ります。

中村:
舳倉島の島内には診療所があり、入口のところに「防災品があるので使用してください」という記載がありました。中に入ってみると非常食や毛布などが準備されていたのです。診療所の方ご自身も被災されている中で、いずれやって来るだろうインフラ復旧に対応する人たちのためにとわざわざ準備していただいたことがわかり、とてもうれしく感じました。
仲間を信頼し合うことで、ライフラインを守り抜く

2024年1月の地震発生以降、徐々に通信の復旧が進んでいく中、9月には豪雨が追い打ちをかける事態となりました。その状況の中、長期にわたり復旧活動の最前線で粘り強く対応した社員、全国から応援に駆け付けた社員、バックヤードでサポートした災害対策本部の社員、そして支援者が現地に赴いている期間に各職場の仕事を守った社員たちがいます。その全員の頑張りや支え、相互理解、そして「通信を守り抜く」という熱い思い、まさに「Anode Pride」を持って一丸となって取り組めたことが、無事故で災害復旧を終えることにつながりました。

災害復旧活動において重要なことは「事前の備え」と「情報伝達」の2点です。災害時に必要なスキル・判断は、日常行っている業務の延長線上にあります。また、情報を迅速かつ正確に伝達し全員が同じ情報を共有して協働できるようにし、今後も有事の際には、社員全員が心をひとつにし、ともに支え、仲間を信頼し合うことで、命をつなぐ大事なライフラインを守り抜いていきます。